- メカナムホイール
- 動力伝達
- 機械設計
- 移動機構
- 軸締結
V²Marineと見る機械設計(足回り編)
公開日: 2025年03月15日
執筆者: 平田 温聖 (AGA'star.)
「人生は、選択の連続」
ロボコニストにとっては人生=ロボコンである。したがって、ロボコンにおいて「選択」はとっても重要なのだ。
「この動作をするためになんの機構を使おう?」
「機構は決まったけどどんな構造にしよう?」
「機構が完成したけど不安定だ。どうしよう?」
たとえ機構を実現する技術力があったとしても、使う機構の選択を間違えたら勝つことはできないだろう。
かつての私は、
「この機構が格好いいから使いたい」
「この構造なら見栄えがいい」
という考えで機体を設計していた。
しかしながら、勝つロボットをつくるためには、
「勝つためにどうすればいいか」
を常に念頭において選択する必要がある。強かったチームは実際にこれを徹底していた。
「もう同じ轍は踏まねぇ」
オフシーズンにCoRE-1に参加することとなった私は、そう固く決心した。このような経緯を経て完成したロボットが「V²Marine」である。
この技術書では、「V²Marine」の設計を振り返りながら、ロボコンの設計について、思いの丈を書いていきたい。
V²Marineの足回りの特徴
- メカナムホイール
- Dカットによるモーター軸締結
- 歯車による動力伝達
足回りの選定
足回りだけでも無数に選択肢が存在する。最近のロボコンにおいては全方向移動できる足回りがほぼ必須である。車体がそのままスーッと横にスライドする様子は、初見では驚く人も多いだろう。
全方向車輪の種類を詳しく知りたい方は以下のリンクを踏むとよいだろう。
大学生がしっかりと書いた技術書なので少々難しいが、かなり網羅している。じゃあこの技術書はしっかりと書いていないのかとか言わない
今回のCoRE-1では全方向車輪の一種であるメカナムホイールを使用することにした。理由は「楽だから」である。弊部では昨年度に信頼性の高いメカナムホイールが開発済みであり、私自身メカナムホイールの足回りを設計した経験があった。今から新しく別の足回りを開発よりもはるかに楽である。
私は、「楽をすること」はロボコンにおいてとても大切だと考えている。昔のロボコンで出たアイデアを今のロボコンに転用したり、先輩の開発した機構や部品をそのまま搭載したりするのは決して恥ずかしいことではない。
設計で迷ったときは、とりあえず一番楽そうな機構を作ってみることにしている。それがうまくいかなければ、次に楽そうな機構を作ってみる。「設計」と言っても、別に最初から完璧なものを作る必要はないのだ。
とりあえず楽そうなものから作ることで、何かが見えてくる。私はもっと早くこのことに気付きたかった。
動力伝達、軸締結の方法
メカナムホイールを使用することは決まったが、どのように動力を伝えようか?とは言ってもモーターと軸の締結方法をネットで調べてみても、いかにもガッチガチのつなぎ方しか出てこないだろう。メカロックとか…
ロボコンでそんな強度を求めることはほぼないので、出来れば楽に締結したい。こればかりは部活動の先輩やロボコン界隈の人間に聞くしかないだろう。折角なので私がよく使っている締結方法をここで紹介してみる。
Dカット軸
Dカットとはモーターの出力軸の先端についている切り欠きである。
Dカット軸は、鉄やステンレスの板材で切り欠きを抑えるように締め付けることでモーター軸と締結できる。物理的に固定しているので空回りすることがなく、板材を外すだけで容易に軸をつけ外しできるが、製作に時間がかかる。
切り込み
モーターの軸よりも太い軸にモーターと同じ径の穴をあけ、糸鋸等で切り込みを入れたもの。
ネジなどでこの部分を締め付けることで切り込みを入れた部分が変形してモーターの軸を挟み込む。軸に穴をあけて切り込みを入れるだけなのでとても楽に作れるが、空回りしやすく、締結部分が死亡して外せなくことがある。
カップリング
この方法ならネットで調べても出てくるだろう。公式サイト->https://www.nbk1560.com/
色々なサイズがあるが、ロボコンにおいては最も小さい「MJT-20-RC」でも十分な強度がある。小さくて軽いことは重量オーバーを回避することにもつながるだろう。予算オーバーはするかもしれないが。
締結方法の設計例の設計データ・図面
他には「セットカラー」などもあるが、こちらは実物を見ればなんとなく使い方が分かるだろう。いかにもネジで回転対象と締結してほしそうな穴がある。
個人的なセットカラーのおすすめは「岩田製作所」である。安価なうえに配送も迅速で、本州なら3日もあれば届くはずだ。また、板に軸の切り欠きの断面を0.2mmほど拡大した穴をあけ、圧力をかけて差し込む方法もある。止めネジを使用すればさらに強固にできる。つけ外しを繰り返すと徐々にガタが出てきてしまうという問題点があるが。
私は今回「Dカット軸」を使用することにした。昨年製作したロボットはすべて「切り込み」でモーターと締結していたのだが、何度もロボットを動かしているうちに軸が変形し外せなくなってしまうことがあった。ロボットの分解・組み立てのしやすさを「整備性」と言ったりするが、昨年のロボットは整備性が最悪であった。
強いロボットは整備性が高い、と個人的に感じる。「楽をしろ」と前述したが、これはより多くの選択肢を試すためである。整備性が高ければ高いほど、楽に沢山の選択肢を試すことができるだろう。しかしながらDカット軸は時間がかかり、楽に製作できるわけではない。そこでこういった部品を設計した。
Dカット軸の”軸”の部分を無くし、頭だけの形になっている。これなら、分厚めの板材からCNCフライスで削りだせる。CNCフライスがあることが前提になるが、自動で、しかも30分程度でDカットの整備性を獲得できるのである。
もちろん欠点もある。軸の部分がなくなったことで、ベアリングなどで軸を支えることができなくなってしまうため、メカナムホイールを支えるのが、モーター軸のみになってしまう。
整備性を上げるための工夫
このままメカナムホイールをくっつけてもよかったが、かなり順調に進んでいたのでもう少し冒険してみることにした。
上の図のように、モーターとメカナムホイールを分け、歯車によって動力を伝達することにした。小さいほうの歯車がモーター側、大きいほうの歯車がメカナムホイール側である。歯車で伝達することで、さらに整備性が向上し、モーターは3本、メカナムホイールは2本のネジを外すだけで分離可能となった。
実際に分離している様子がこちらである↓
歯車の設計は、初見では凄く難しく感じるかもしれない。私も昨年の部内ロボコンで、初めてロボットを設計した際はネット上でひたすら歯車の設計について調べ、何とか実装した思い出がある。しかし、良いサイトのリンクさえ見つければ、歯車自体の設計は難しいものではない。そしてそのリンクはこれである->小原歯車工業株式会社 歯車技術資料
設計用のCADにSolidworksを使用している方であれば、こちらのサイトを参考にテンプレートを作成しても良いだろう->【Solidworks】インボリュート歯車のモデリング
そして出来上がったものがこちら->歯車テンプレート
動力伝達の手段は歯車だけでない。タイミングベルトを使用するのも一つの手であった。歯車はどうしてもその歯同士の隙間によってがたが生じる。(バックラッシ)タイミングベルトであればバックラッシが発生せず、滑らかな伝動が可能である。
しかし、タイミングベルトは歯車と違いベルトを外さないと分離できない。今回は整備性を上げるのが目的であったため、歯車を選択した。歯車のほうが設計、実装が楽だったのも理由の一つである。
タイミングベルトの設計で最も肝になるのは「軸間距離」である。自由に設計して3Dプリンタやレーザーカッターで自作できる歯車と違い、タイミングベルトは既製品を使用する必要がある。自作する猛者も…いる…?
そのため自身の希望する軸間距離で一度ベルトの長さを計算し、そこに近い長さのベルトを選び、再計算するという少しトリッキーな手順を踏む。私の場合、タイミングベルトの設計はMiSUMiのサイトを参考にして行った。
このような流れを経て、完成した足回りの一ユニットがこれである↓
非常にコンパクトかつ、整備性の高い足回りのユニットが完成した。歯車伝動としたことで、軸のないDカットの欠点であったブレも無視できている。
足回り全体の様子はこれである↓
出力をかなり制限しているので遅いが、旋回・横移動とも安定している。メカナムホイールはころのみをグリップ力の高い素材で自作している。既製品を圧倒的に凌駕するグリップ力を誇るので、お勧めしたい。原料はADAPTを使用している。しかしながら現在は廃版となっているので、光造形のゴム質感レジンや、FDMのTPUでも自作できるかもしれない。既製品が弱すぎる。
今回は動力伝達に軸のないDカット軸を使用したが、やはりブレが相当のものだった。所詮卓上CNCフライスなので、精度はどうあがいても普通旋盤にはかなわない(通常のDカット軸は普通旋盤で製作している)。Dカット軸は空転しないというメリットがあるが、それを加味したとしても、既製品のセットカラーを使用したほうがより滑らかに駆動したかもしれない。
また、角パイプとメカナムホイールの隙間を埋めるために、3Dプリンタで適当なスペーサーをかませていたが、この摩擦が相当なものであった。やはり滑り摩擦は高速回転する物体には向いていないようだ。さらに、何とか摩擦を軽減しようとして大きめにクリアランスを取ったため、メカナムホイールには目で見てわかるほどの横ずれが発生していた。
今回CoRE-1に参加させていただいた際、「機襲藩」(和歌山高専)さんはこの部分にスラストベアリングをかませていた。これなら転がり摩擦で受けることができ、クリアランスも今より小さくすることができる。
まとめ
今回の足回りは、「楽に」「整備性良く」作ることを考えながら製作した結果、製作期間としては冬休みの一週間ほどで、整備性も良好なものを作ることができた。この製作期間の短さは「楽に」を突き詰めた結果であったが、それが仇となって車輪のブレやガタが発生してしまった。今回CoRE-1に参加させていただいて、手を抜くところと抜かないところを見極める必要があることが分かった。特に、駆動部分は足回りの心臓である。
また一つ、設計をするうえで大切な考え方を知ることができたようだ。